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    攻殻機動隊 タチコマ回 「映画監督の夢」と「機械たちの午後」 考察

    アニメ 考察

    久しぶりに見なおした。攻殻機動隊

     

    まず、映画監督の夢について

     

    思うことは、「どんな娯楽も一過性の物だし、また、そうあるべきだわ。」という少佐のセリフ

     

    この話は構造的に、劇中劇的な役割を果たしていて、神山監督の作家性はある程度出る話ではないかと思う。

     

    このアニメが作られたのは2002年でエヴァンゲリオンの熱から冷めやまない時期であった。また、攻殻機動隊の原作自体も1989年作でありだいぶ経ってからTVアニメ化されている。

     

    エヴァンゲリオンもある意味オタク批判であり、その影響により心理学を目指した人もいる。この話もあまりにも熱狂的な何かに対する批判、もしくは何かに依存し続ける社会へのメタファーなのだろうと考えている。

     

    そういう考えがどこかにあったからこそ、次回作である「東のエデン」の作成への動機へとつながったのだろうし、SACを作り続けなかった一つの答えではないだろうかと考えている。

     

    また、攻殻機動隊 SAC 2nd GIGでの機械たちの午後でも儚げな夢に対して厳しい。有須田博士の言った言葉で

     

    「昔、昔、城を建てた無名の木工は、自分がその仕事に携わった証として、屋根裏に自分の名を刻んだ工具を態と忘れたそうだ。そんな些細な思いすら、お前達は消し去るのか?」

    という発言に対し、少佐は

    「そうよ。それが体制に何かを明け渡した代償に力を得た者の禍福。」

    と返している。

     

    模倣者や革命家といった甘美さも表現しているが、それに反し強いリアリズムも表現されている。ある程度、作品に惹かれすぎない為に埋め込まれ、現実へ返すためのメタファーだともいえる。そのバランスの良さが、この作品に惹かれてしまう一つの要素になっている。

     

    最後に、タチコマがないと攻殻機動隊はアニメとして硬いので、タチコマは癒やし枠