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    コミュニケーション能力がない人間は必要ない社会なのか?

    「知の創出」のコモディティ化への戸惑い - My Life Between Silicon Valley and Japan

     

    だいぶ前の記事ではあるものの。

    梅田望夫のエントリである

     

    なんというか、ここまで先を見越していたということに驚いている。ものすごい鋭い。未来、コンピュータエンジニアは人の必要なものを読み取ってそれを開発する能力が必要になるという予言である。引用したい。

     

    トラックバックいただいたRingo's Weblogの「ハッカーという言葉の意味」

     

    http://www.ce-lab.net/ringo/archives/2005/06/21/index.html#000046

     

    で、Ringo氏はこう語る。

     

    ソフトウェアを使って行動するのは人間なので、人間の動きをよく知っていることが、ソフトウェア開発者の必須条件なのだ。だから、良いソフトウェアを書く人は、人間の扱いに長けていなければならない。

     

    ハッカーの定義を狭くすることで、現在日本にいる「ハッカー」の多くはハッカーではなくなる。プログラミングが大得意だからといって、対人コミュニケーションや人間観察をおろそかにしているプログラマは、コンピューターの達人であって、コンピューターと人間の達人、つまりハッカーではないからだ。

     

    だから、ハッカーになるためにきわめて大切なことは、日ごろから、歴史、経済、政治、芸術(文学、音楽、、、)、恋愛、などについて興味をもって勉強をし続け、人間の理解を深めることなのだ。

     

    今後、ハッカーを雇いたいソフト開発会社の経営者は、面接のときに「コミュニケーション力」を見るのではなく、「人間に対する興味」を見るようにすればいいのではないかと思う。

     

    現在の状況を表現していると考える。学習コストが下がってしまったおかげで、コミュニケーション能力というマジックワードが就職現場を飛び交い、内向的な人が向いていたような職業でさえ、効率のよい学習力を持っているものに置き換えられてしまっている。

    内向的な人は社会に多数いるが、ある程度の社交性を持てなかったものはコモディティ化に対応することが出来ず、ニートや引きこもりになったり、している。悲しいことである。自分も同じく内向的だが、外交的な社会は辛い。

     

    それに前に書いたが、内向的な人の無縁社会化が大きくなっている

    デジタルネイティブ世代のぼっち化と承認欲求 - tenku's blog

     

    内向的な性格が差別されるというのは、先天的な性格が差別されているといえるので、社会で積極的に克服するものではなく(そのような表現すら使いたくないが)、根本的に障碍者差別やユダヤ人差別と同じでナチズムと同種の優生学であると考えているのだがどうだろうか?

     

    みなさまの意見を伺いたい

     

     

    ぼっちーズ

    ぼっちーズ

     

     

    コミュニケーション能力を鍛えよう! 聴く技術と伝える技術

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