コンセプチュアルアート Yシャツ 第一校

アート コンセプトノート

コンセプチュアルアート Yシャツ 第一校

 

私は日々生活していて経済主義、そして合理主義、精神論に染まってしまった現実を見ている。すべては経済によって金になる、あるいは、気合ですべてのことは解決する。あるいは、理性的な計画ですべてはうまくいくそういった思想が日本社会に蔓延しているように感じている。

 

社会やインターネットを眺めているとそうした閉塞感に苦しめられている人を多くいる。昭和時代にあった「三歩進んで二歩下がる」のような精神や「フーテンの寅さん」のような人はもはや街で出会うことはなくなったし、経済的な仕事至上主義において働いていない寅さんのような人はマジョリティから白い目で見られる。

死ぬほど頑張れ。と精神論者は言う。しかし、体調を崩した時点で迷惑がかかる、あるいは自己責任だという。「死ぬほど」その人に対して表現したのにかかわらず、その責任を取る気は全くなく、逆にその人が悪いような表現を行う。それは噴飯物ではないだろうか。私はそのような言説に強い嫌悪感を覚える。

 

私の人生の目標として正社員にならないという目標をかかげている。その目標を掲げるに至った経緯は、福祉施設でギターなどで伴奏をしていたことがあること。そこでは、社会の苦しみに耐えられなくなった人の逃避場として機能していた。そこにいる人達は社会に疲れきっていた。そこではうまくない伴奏をしても「伴奏してくれたこと」に感謝されるし、そう思われることで私自身の演奏者として役に立ったというところで満足することができる。閉塞感とは無縁の場であった。

 

そんな社会で私が実践しているアートがある。Yシャツを着続けている。ということである。Yシャツというのはスーツできるものであり、サラリーマンが着ているものである。それを会社員でない自分が毎日着続けているのは社会に対しての皮肉という表現なのだ。

 

このアートワークを7年ほど続けているが、出来る限り長くつづけようと考えている

 

初稿 2014/5/16