哲学が権威的(アカデミック)である必要性というのはどれくらいあるのか、というのと音楽が権威的(技術的)である必要性がどれくらいあるかという議論は似ている気がする

哲学が権威的(アカデミック)である必要性というのはどれくらいあるのか、というのと音楽が権威的(技術的)である必要性がどれくらいあるかという議論は似ている気がする