映画 未知との遭遇 感想・メモ

制作は1977年古さはやはり感じられて、いわゆる「古くならない作品」というものの難しさを考えさせられた。

 

もしかしたら、多くは「古くならない」ことを意識しないほうがいいのかもしれない

 

始まりは、現代音楽的な和音での始まり

混沌としたものの意識?

 

初めの流れで気になったのは

「太陽がでて歌った」という言葉、こちらは「古くならない」言い回しなのかもしれない

 

子どもが連れ去られるシーンの「鍵穴から光」(あるいは、窓から光)も映像的表現としては古くはならないと思う

 

また、初めにはアメリカの象徴がでてくる

特に印象的なのはコーラとマクドナルド

そして、当時のモデル的な家族

当時としても多様性があるというのが面白さ。日本も・・と思わないこともない

 

アメリカだからこその、古いの尊重がみられた。日本は「新しい」志向が多いのは、バランスなんだろうな。と、

 

手話を音に当てはめる

5つの音は「レミドドソ」なのだけれども「ラシソソレ」のほうが自分的にしっくり来る。調的な感性なのかも

 

「未知」と遭遇することで、それに好意的な人と、そうでない影響を受けていない人が出てくる

 

好意的な人は、ある「形」に見せられる。

最後に出てくる国際公園の山の形に

 

カーシーンで気づいたのだけれども、今の車じゃ、一つも突き破れないね

 

また、「カメラですら自動車事故を撮ったことがない」というのは時代性を感じさせる

 

学者が説得するときに「科学そのものです」と語っていたのは、科学至上主義への皮肉なんだろうな。未知とは「何者か分からない」そのもので、何でも科学として記述可能のような。しかし、反証可能性あってこその科学なのだけれども。

 

「ニュース用コメントを」は少しシリアスなシーンにもかかわらず、笑ってしまった。当時も、変わらないところはあるんだろうな。と

 

「音と音」「光と光」っていうキーワードが頭に残った

 

UFOが基地と交信する時3ついるけれども、古代からのモチーフだね。「3」という数字は、三位一体、三神、三審、「行政」「立法」「司法」も3つ。三銃士、三国志・・etc