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    母親が閉鎖病棟に入った話

    物語 実話

    母は叔母と揉めていて、精神状態が悪くなった

     母の叔母とすごく揉めていた、というより、いつも他人を責める方の母が責められている。責めるのはすごくきついが、打たれ弱い。それに母は叔母に対して過去のいろいろな憎悪の感情を抱いていた。

     

     祖母への憎悪のきっかけになった原因。

     母の大学時代、当時付き合っていた男性がいた。だけれども、叔母を始めとする厳しい親戚たちは、大学生が付き合うなんてけしからんと、思ったようで、結婚するか別れるかと母に迫った。大学生なのでさすがに結婚することはできず、彼から別れを切り出され、別れる事になった。それいらいの憎悪と因縁の関係である。他にもいろいろあり、母は大学を中退した。

     母の親族への憎悪はそれだけではない。大事にされなかった母は、仕返しをしたかった。いろいろと、考えたようだ。儒教的なこともありあからさまな仕返しはできない。なので、自分がエリートと結婚することで、憂さ晴らしをしようと考えたようだ。

     そんな思いで結婚したのが、私の父だ。東京神奈川住んでる人ならだれでも知っているような優良会社に務めている。

     私がこれを書いているのも、もしかしたら、憎しみの連鎖なのかもしれない。そう思ったりもする。憎悪の感情で結婚し、私はその間に生まれた子なのだ。

     

    決定的に状態が悪化

     叔母と関係が悪くなることで、仕事でも上手くいかなくなったようだ。常にイライラしていて、私や父に当たり散らした。まるで、サンドバックのように、そこには人間の魂が入ってるとは考えていないような、きつい怒鳴り方をした。本人にとっては、単なる愚痴なのだが、とても気迫迫るものであり、恐ろしいものだった。

     

     母自身も自殺願望をだくようになり、電車に飛び込みたくなったようだ。しかし、そこまで死にたくは内容で、精神科の主治医と交渉して、閉鎖病棟へと入院することになった。その病棟では、家族のみが面会可能で、叔母と接しなくてよくなり、落ち着くだろうとの考えだったようだ。また、個室を希望した。やはり少し自分が入るといっても偏見も少しあったようだ。

     

    閉鎖病棟入院

     母は、薬や、世間から遠ざかったこともあり、だんだん落ち着いていた。昔の病棟と違い、とても綺麗でまるでホテルのような内装をしていた。そのことも、少し落ち着いた原因としてあるのかもしれない。

     母は、病院のご飯は塩が少なくまずいと嘆いていた。 刃物がまったくない、ことや風呂の時間の少なさなどの不満はあったようだが、わりとそこでの生活に満足していたようだ。

     良くなってきた母は、病院内での、ちょっとした活動の参加や、外出などもできるようになっていった。

     

    退院

     退院した母は自殺願望もなくなっており、すっかり元気になっていた。家事もすぐに出来るようになった。とても、とても元気で、私にとっては肉増しい母ではあるが、嬉しかった。

     割りと入院したことを気にする人が多いのだが、母はそんなことはなかった。すごい図太さがあった。

     退院後、半年でパートの仕事を始めた。やはり、病気からくる。ミスや人間関係の悩みはあるようだったが、なんとか務まっていた。

     

     閉鎖病棟に入院しても、元気になり、仕事ができるようになる。ということ、精神科への偏見を少なくしたい想いで書きました。また、精神科にかかっている方には勇気と希望を感じてもらえればと想います。

     

    <了>