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    アルコール依存症とその末路

    友人がアルコール中毒になった

     その方は、Pさんとします。私が大学生の3年の時に知り合いました。彼はすでに5年生でした。ずぼらなところを除けば、私の行っていた大学としては珍しく、学部生時代から学会発表を行ったり、割りと優秀な方でした。

     そんなPさんは、5.5年目の9月卒業で大学し、そのまま大学院の聴講生として、講義を受けていました。ある日、彼の研究室のボスと彼が喧嘩し、それ以来彼は授業に来ることはありませんでした。結局その次の4月に彼のボスの紹介で行くはずだった大学院に入学します。

     私が4年生の時に彼は私の同級生と結婚します。Nさんとします。NさんとPさんの間には子どもが出き、Nさんは卒論を仕上げ、大学生のまま出産を迎え、4年で卒業します。ここでは私の話は置いておくことにしましょう。

     NさんとPさんはもちろん仲はよかったのですが、Pさんはうつ病を患っていて、調子が悪かったのです。彼の実家は東北にあるのですが、彼の母は厳しかったそうで、彼はつらい思いをしていたようです。

    アルコール依存症

     そんなPさんは、大学院を休学し、休養に入ります。ストレスのためにアルコールを飲み、アルコール依存症となります。彼の精神科の主治医は久里浜医療センターでアルコール依存症を担当していたひとでした。

     

    彼の医師の昔話

     その医師はアルコール依存症に悩んだ人を沢山見てきていた。退院していった人もいれば、死んでしまった人もいる。そんな、人が自分の精神科のクリニックをやっていて、Pさんの治療を行っていた。しかし、彼の飲酒グセは治ることがなかった。
     そして、その医師はこういった「飲み続けると、死んじゃうんだよ」、と。

     この話はPさんから聞いた又聞きの話だ。アルコール依存症がひどくなりすぎ、各種治療が必要になり、抗酒剤(この薬はアルコールを飲んでも吐いてしまったり、気分がとても悪くなるようにして、アルコールの飲ませないようにする薬である)も飲む必要になった人がいる。その人達は、抗酒剤を飲むことを辞め、アルコールを飲み続けた。再び彼らに対して医師はこういった。「飲み続けると、死んじゃうんだよ」、と。それでも、彼らは飲み続けた。

     アルコール漬けになって体が限界がきて運ばれていく。久里浜医療センターへ。医師はこういった。「飲み続けると、死んじゃうんだよっていったでしょ。もう、助けられないよ」と、「なんとかしてくれませんか」と患者は言う。「どうすることも出来ない、じきに死ぬでしょう」と医師はいう。「飲み続けると、死んじゃうんだよっていったでしょ。もう、助けられないよ」と、もう一度医師はいう。

     アルコール依存で死ぬ人は割りと死ぬ直前まで意識があるらしい、その人の精神としてはとても辛いだろうな。とかんじさせられた。

     

    Pさんのアルコール依存症の話に戻る

     アルコール依存症のPさんもアルコール依存症が進み、聞いた話によると、家具をなげたり、嫁であるNさんにDV的なことをしたそうだ。

     夜に酒を飲み、飲むために吐いて、また、酒を飲む。朝になって、アルコールが抜けてきたから酒を飲む。そんな毎日を繰り返していたら、嫁と子どもに夜逃げした。

     彼は酒漬けになり、ついに病院へ運ばれることになる。そして、抗酒剤を処方され、うつ病に加えてアルコール依存症の回復への道のりへ向かうこととなった。

     

     ある日、Pさんに飯に誘われて、彼はジンジャエールを頼んだ。私はハイボールを頼んだ。そのハイボールを少しずつ飲んでいたら、「ハイボールはそう飲むもんじゃない!」と怒られた。抗酒剤を飲んだ状態でアルコールを飲んだらどうなるか。大丈夫な場合もあるらしい、などといいつつ、私のハイボールを彼は飲んだ。数分もしない内に彼はトイレへ駆け込んだ。吐いたようだ。私は皮肉交じりにだめなようですね。と、言った。

     

     その後色々あったが、彼はアルコールを飲むことを辞め、断酒に成功した。

     

    彼のその後は残念ながらこのストーリーになる

     

    昔、友人が自殺した。身辺整理も手伝った。 - 考えたことについて書いていく

     

    この話は、この話で別で書きたかったので、かぶる場所も多少ある。

     

    <了>