男女の性意識の差

このエントリを読んで喉に小魚の骨が刺さったような感じなので、やはりブログを書くことにする。

 

これはiphoneで書いているので、後で修正する

 

また、コメント欄に書いたものとは若干別視点である。

 

まずこの部分だが、長い引用になってしまうが。

 

kutabirehateko.hateblo.jp

 

娘と風呂に入りたがる父親の件でそこで父親との入浴がトラウマになったと書かれた増田について「私は、この増田記事の女性側の体験や思いというのは、想像もできなかった」と書いた男性がいた。

 

この方は当初「父親が娘とお風呂に入るのは性犯罪にならないのか?」を調べていて、結論として「結局は、家によってそれぞれだし、他人の家庭の風呂事情のことを不当に立ち入るべきなのじゃあないということだと思う」と書いた直後に父との入浴がトラウマになった増田の記事を読んだのだった。

 

なんで想像できないのかわからない。想像もつかなかったと読んで、こっちがびっくりした。これがいわゆる「男性の加害性」ではないかと思う。性衝動が問題なのではない。性衝動から他者の私的領域を軽い気持ちで侵害して、それが問題をはらんでいるかを知らない、気付かない、想像しない、あるいはできないことが暴力に繋がる。

 

なんで想像できないのかわからない。想像もつかなかったと読んで、こっちがびっくりした。これがいわゆる「男性の加害性」ではないかと思う。

 

 

id:yarukimedesu 氏のコメントとして

「想像できなかった」という事実だけで、やけに尾ひれがついている感じがします。ただ、私には姉も妹もいなくて、親戚にも同世代の異性が少ないです。

 

当然、父親と一緒にお風呂に入った女性の話も、聞いたことがなく、増田記事で書かれていたような内容に触れたのは、本当に初めてだったから、「想像できなかった」と思いました。

 

知らなかった、想像できなかったというのは、私の能力の限界ですが、それを「加害性」や「暴力」と結び付けられるのは、心外です。

 

ここで語られている問題は、

 

男性の経験は女性はわからないし、女性の経験は男性はわからない。

 

という経験不可能性が問題が横たわっている。と、考えている。

 

"I do not..."ではなく、"I can not..."

 

つまり、男性は女性でなく、女性は男性ではないため、男性は女性の経験をする能力(こと)は(でき)ないし、女性は男性の経験をする能力(こと)は(でき)ない。つまり"can not"な経験不可能性がある。

 

想像や思考といった行為(do)では、経験を越えられず、その性(女性・男性)の特有性という話になるのではないかとおもうのだ。これは、はてこさんのエントリタイトルの「共感できない」に繋がっているのではないかと考えている。

 

これがいわゆる「男性の加害性」ではないかと思う

 

ここの表現については、これがもしかしたら「男性の加害性」につながるのかもしれない。あるいはつながる可能性がある。くらいの表現に止めるべきであったと考える。男性は女性の経験に対して、経験不可能性があるので、安直に「加害性」に繋げるべきではなく、これに対して推敲が必要だったと考えている。これは、明確に何処とは書いてないがブコメでも指摘されている。

 

Megot 推敲してから出した方が良いな

 

経験不可能性がからくる想像力の欠如に対して、双方が歩み寄るのであれば、はてこさんはコメント欄で「ちゃんと読んで」という返しではなく、経験不可能性の部分を説明した方が良かったのではないだろうかと思う。

 

追記

id:yarukimedesu氏からブコメがあり、このように発言している。

(後で言及するかも)正直に言うと、本人としては「お前は性犯罪者」と言われた気がしました。相手の意図は知りませんが、かなり傷つけられたことは事実です。

 

自身でこのように発言しており、

「男性という性の加害性」とかいう話に共感できない - はてこはときどき外に出る

無邪気な無神経さ、残酷さはもちろん女性にもある。

 

女性側であるはてこさんも考慮すべき点(推敲など)があったのだろうと思う。

 

「女性の権利」行使も恐ろしい物につながりうることは考えて欲しい。有名な件だと「痴漢冤罪」である。濫用になると女性による「痴漢示談目的」の犯罪行為がある。男性・女性双方の問題として社会問題となっていると認識している。

 

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