15-12-22 ハリーポッター、スリザリンの「徳」について。イギリス的

     例えば『ハリーポッターシリーズ』は『児童「英小説」』ですけれども、児童文学という色眼鏡をとって、「勧善懲悪」的な要素から外れて考えると、スリザリンの「徳」は「狡猾さ」「手段を選ばない」「自己保身的」などです。


     児童文学的な勧善懲悪においてスリザリンは悪的位置なのですが、ひっくり返せばアンチ・ヒーロー的なスネイプ先生は英国のアンケートで人気ナンバーワンです。アンチ・ヒーロー的な面だけで評価されたとは考えていなくて、スリザリン的な「徳の体現者」と見なされているところがあると思います。完全に悪役に見えるヴォルデモートもスリザリンの「徳」という視点から見れば、「狡猾さ」「手段を選ばない」「自己保身的」の行き過ぎた姿。つまり、「徳の暴走」として描かれていると私は考えています。
     グリフィンドールの「徳」は「勇敢さ」などですから、スリザリンの「徳」とは対立構図にあります。ダンブルドア先生はどちらとも理解し、また行っていたと考えています。対立の話に戻りますたが、それはどちらが正しい悪いというのは、言い切れないと思います。著者は「全ての人を正しくも悪くもあるように書いた」とおっしゃっていたいたのですが、これこそイギリス的なことの一つなのだと考えています。

     

     

    ハリー・ポッターと賢者の石 (1)

    ハリー・ポッターと賢者の石 (1)